2006年08月31日

17、18日目(命の重さ)

17日目の体温 36.61度
18日目の体温 36.71度


週末「ユナイテット93」を見に行って来ました映画
テロによって理不尽に命を奪われた方の事を考えると
本当にテロを許してはいけないと強く感じました。

で、この気持ちを友達にも伝えようと、会社の昼食時に
映画の話題をしてみたら。
やはりみんなまだ見てはいないものの、興味はあるようで
いろいろな感想が。
そんな中で、先輩が「私は日航機123便の事も忘れられないわ」と。


実は私も最近になって、遺体安置所になった体育館の総責任者を
されていた元警察関係者の方の本を読んだばかりだったので、
記憶に新しい話題。


先輩は、
「同じフロアで働いてた方が4名もあの事故で亡くなったの」
と、衝撃発言。

しっ知らなかったあせあせ(飛び散る汗)
何でも、うちの会社はあの事故で社員を一番多く失った企業
だったらしい。確かに大阪行きの夕方の移動しやすい時間。
大阪に本社がある弊社としては、それは多くの社員が出張で
乗っていたことでしょう。
当時、まだ中学生になったばかりだった私は、入社してからも
そんなことに考えが及ばず。

先輩はその4人が出張に出る前に、時間に余裕があったから
お茶を出してくれないかと頼まれて、準備をしたとか。
でも、お湯を沸かすのに時間がかかってしまって、出しに
行ったら
「あ〜ごめんね。もう時間になっちゃったから良いや。
 申し訳ない。行って来るね」
と言われて、お見送りをしたそうです。
その4人が亡くなられたと・・・

それは忘れられないでしょう。。。もうやだ〜(悲しい顔)

事故後も指紋を取りたいという事で、警察の方が会社に来て
大変だったそうです。
また、遺体の確認で、社員がかわるがわる遺体安置所の
体育館に足を運んだと。もの凄い匂いで、着て行った服は
全部捨てて、本当に大変だったんだよって話してくれました。

飛行機事故って本当に怖いな・・・と痛烈に感じました。

さっきまで話をしていた人が、あっという間に亡くなってしまう。
こんな悲しい事があるのだろうかと。

すっかりしんみりして、職場に戻って仕事になりました。


でも、実は私、先輩があの事故の時に既に働いていた事に
ビックリ。まあ、冷静に年齢を計算すれば確かに働いている
のはわかるんだけど・・・そっそんなに上だっただ・・・と再認識(笑)


職場に戻ってから、一緒に会話をしていた先輩、後輩1人ずつに
「実はさっき、事故の話になってすぐに、『私、中学入った
ばかりで、夏休みで尾瀬に行ってたんですよ』って言おうと
してたの。言わなくて良かった〜(笑)」
って話したら、後輩に

「ええ。私も小学生だったなんて絶対に言えないと思いました」

と言われて、こっちもわかってはいたけれど、小学生かーと
衝撃(笑)

先輩には

「実は、私も働いてた」

と言われて、やっちまったーがく〜(落胆した顔)と思ったら、それは
先輩の勘違いで学生だった事が後で判明。良かった(^^;


命の大切さを考えた一日でした。


 




posted by もえ at 18:35| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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