2013年12月19日

貧血とレバー


今年で4年連続、健康診断の貧血で引っかかっています。

若い頃(20代前半)に、もう何科だったかも思い出せないけど
医者にかかったときに、貧血だと指摘されて増血剤を飲んでいた
時期がありました。
女医で「こんなに貧血だと、将来子供を産むときにも困るわよ」
と言われたことだけはすごく鮮明に覚えています。

私が子供が出来ずらかったのは貧血が一因だったのかどうかも
よくわからないけれど、やはり貧血は良くないですよね。
(妊婦中は5〜7ヶ月位の頃貧血で薬を出されましたが、その後
順調に回復し途中から問題ナシになりました)

これまでは、「要監査」だったのが、今年は更に数値が下がり
「要治療」にランプアップ?!
さすがに産業医にも、一度内科でも婦人科でもいいから受診して
薬を飲んでみた方が良いと言われ。。
私は貧血だから立ちくらみがしてとか、貧血が原因で体調が悪いとか
感じたことがないんだけど、産業医や経験者の先輩達が言うには、
貧血が良くなるとこんなにも身体が楽だったんだって思うくらい
違うから!と言われています。

ここ数年、プルーン入りヨーグルトを食べたり、1日分の鉄分入りと
銘打っている飲むヨーグルトを飲んだり(ヨーグルトばかり(笑))
してはいたけれど、元々プルーンは苦手だし、レバーも苦手。
ほうれん草を大量に食べろといわれても(^^;って感じで、なかなか
改善できないでいたんですよねー。しかし、やっぱりこれじゃあダメだ!と
最近、食事の買い物に行くと自分用にレバーの焼き鳥をかったり
レバカツを買ったりして、苦手なレバーを食べるように心がけている。

先日も自分にはレバカツを買い、子供にはカニクリームコロッケを買い
2人だけの夕飯を食べていたところ、「ママ、コロッケいる?」と
ともかさんが聞いてくれたので「大丈夫だよ。レバーがあるから」と
答えると、暫くともかさんは考えて「レバー食べたら、赤ちゃんできる?」
と聞いてきた。

昔、兄弟を欲しがったともかさんに「ママ、血が薄いから赤ちゃんできない
みたいなんだよね〜。だから、ともちゃんはレバーとか好き嫌いなく食べて
貧血にならないようにしないとね!」と話したことがある。
そして、私がレバーが苦手なのに、最近意識して食べている事を知っている。

レバーを食べる=血がたくさんできる=赤ちゃん出来る

という構図だったのか?(笑)
「いやいや。もうママは年だから赤ちゃんは無理だけど、その代わりに
ともちゃんが早く結婚して赤ちゃんたくさん産んでね〜」と言うと
「無理ー!だって、朋ちゃん結婚しないし。ママとずっと一緒に住むから」
と言われた(笑)

いやいや。それも困るから!
「え??結婚してよ!ずっと一緒に住むのはムリよぉ」と嬉しいはずの娘からの
申し出を、こちらから断るという非情な母(笑)

兄弟、まだ欲しいんでしょうね〜。
私にはあえて言っては来ないですが。。ごめんねぇ。

先日実家にともかさんを預けていて、迎えに行ったついでに夕食を実家で食べたら
他にもおかずはあるのに、何故か焼き鳥があって。
「ともちゃんが、ママが筋肉痛だからレバーを食べるから買っていうから」と母。
え?筋肉痛じゃないし、筋肉痛にレバーって何の関係が??と思ったんですが
6歳児には「貧血」の意味が良くわからず、知っている子供的に似てると思った
「筋肉痛」という言葉を言ってしまったんでしょうね。
母も「どうりで、筋肉痛って何か運動したのかしら?レバーってなぜ?と
思ったのよね〜」と(笑)

子供なりに母の体調を気遣ってくれてるようです。
でも、レバーまずいんだよね・・・(泣)

posted by もえ at 23:45| 神奈川 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | その他日々の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月08日

お楽しみ会


お楽しみ会。

まずは園歌を上級生2クラスで合唱。
この歌を聴くのもあと数回・・・と思うと、ここで既にウルウル
しそうになる(笑)

0,1歳児は9時から、0,1歳児の親と園児だけで済ませているので
一緒にやるのは2歳児から。
まずは、3歳児の演技からスタート。
3歳、4歳と子供達の上手く行かない部分もありながらも、それぞれ
一生懸命演じている姿に、こんなだったんだな〜と懐かしくなり
そばにいた同じクラスの子のお母さんと、懐かしいね〜なんて
話していたのに、お互いに、あれ?去年は笠地蔵だったけど、一昨年は
なんだったっけ?と思い出せなくなっていて(笑)
まあ、そんなもんですよ。記憶力なんてね。

いよいよ、5歳児クラスともかさんたちの番!

真っ暗の中、最初のナレーターの子が最初の口火を切ると、
それに合わせて半日村の事が歌詞になった歌が、聞こえてくる。
ステージ脇に控えているナレーター4人と、裏に控えている子達が
歌っているのだ。歌で始まるなんて初!

半日しか日が当たらない村に咲く、花や稲が弱々しく咲いている。
(もちろん、これも子供達がなりきり)
登場してきた、村人も一平(主役)もおとうもおかんもみんな方言?
ずーずー弁っていうのかな?で、セリフを言っていく。
その様子が可愛くて、保護者から笑声が。

練習では間違えてしまったり、止まってしまったりした子もいた様だけど
この日はみんなが好演!
大きなミスもなく話は進み、ナレーターも2,3人目と変わり、いよいよ
最後の4番目のともかさんへ。

家ではお楽しみだからと言って、一度も練習したりしなかったのに
しっかり大きな声で、ハキハキと言えていて一安心。
それでも、スピードがちょっと速いなぁ。みんなちゃんと聞き取れてる
かしらと、終始ヒヤヒヤのワタクシ。
旦那はビデオ、私は携帯の動画で娘の様子を録画していていたので、
写真は一切1枚もありません(笑)
だって、ナレーターってみんな紺や黒の服で地味に徹していて、端の方に
ポツンと立ち、全く持って地味すぎて写真はいらない感じで(^^;

あとで直ぐに見れるように、ともかさんがナレーションをしている部分だけ
携帯の動画で撮ろうと思ったのに、真ん中くらいで何んと誰だかわからない
番号(ヨガ教室のっぽかったけど)から着信があって、動画が途切れてしまい・・・
イラーーーーッ!!!!
即切りして、動画を再度開始。2つに別れてしまいました。。

年長さんの発表を毎年見てきて、出来、不出来とやはり差はあるけれど、
年長さんになるとこんなに出来るの?!ってほぼ毎年思っていたんだけど
今年は本当に、年長のすごさを見せ付けたと言うか、成長した姿を見せて
くれて、親一度驚きでした。
「半日村」という題材も良かったのかも!
子供子供してなくて、内容も感動ものだし。みんなでコツコツ頑張れば、大きな
事を達成できると言う内容が、子供達の6年間の集大成のように感じました。

劇のあとは、合唱と合奏。
合唱のドレミの歌は輪唱をしていて、上手に出来てました。合奏はともかさんは
カスタネット。タンバリンとカスタネットとあと何があったんだろう。
ともかさんが端っこだったのでそちらしか見ていなかったという、何とも親ばか(笑)

今年も、お楽しみ会の大事は年長組がお習字の時間に書いたもの。
2013-1210-154257825-DI.jpg
台紙は子供のアトリエで年長さんがみんなで書いてきた、作品です。
ともかさんは、「おたのしみかい」の「お」
DCIM0441.JPG
自分の名前にも入っている字なので、まずまずかな。

どんどん、保育園での行事が終わり、寂しい限りです。

この日の夜、クラスの忘年会があり、大人27人、子供26人が参加。
頼まれて幹事をして大変だったけど、子供たちが楽しそうだったし、大人も
みんな楽しんでくれたようだったので良かった!

2次会のカラオケボックスに移動する際に、私が幹事だったから旦那も
付き合って最後まで残って忘れ物のチェックしていていてくれて、
それを知らなかったともかさんがカラオケボックスまでお友達と移動して
後から来ていると思っていた両親が揃っていなくて、泣き出してしまい・・・
カラオケが始まっても暫くは、メソメソしていて「ママと一緒にいる。。」と
なってしまい。。せっかく家でYouYubeを見ながら練習していた、AKBの
歌も歌えなくて、ちょっとかわいそうだったなぁ…
幹事になると自分の子供を構ってあげられないのが、ちょっとね。
次のときは気をつけよっと。
DCIM0466.JPG
posted by もえ at 23:45| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月06日

お楽しみ会(前日)


毎年12月第1週の土曜日は保育園の「お楽しみ会」

早いですねー。もう6回目なんて。
小さい子の「ごっこ遊び」(お手玉を運んだり、動物園に行くまねとか)を
していた頃が懐かしい。

今年の劇はこちらの本
『半日村』
 hannnitimura-1.jpg          
斎藤 隆介:作 滝平 二郎:絵

後ろに大きな山がそびえている為に、半日しか日が差さない村がありました。
そのために、その村は「半日村」と呼ばれていました。
朝日がまったく当たりません。
お昼になってからようやく燦々と日光が当たっても、すぐに日が入って寒く
なってしまいます。
だから作物、殊に稲の生育がとても悪く、村人達もやせ細っていました。
半日村には一平と言う子供がいました。
一平はある晩、両親が『あの山さえなかったら・・・。』と嘆くのを聞きました。

次の日一平は、村への日光を遮る山へ登ります。
そして天辺の土を、袋に詰めて肩に担ぎました。
それから山を下り、ふもとの湖に袋の土を捨てました。

子供達は一平を見て、変な事をしていると笑いました。
しかし、真剣な一平を見て、子供たちが手伝うようになり、大人達も一緒に
土を運ぶようになり。

大人が死んで、一平が大人になり、その子供たちも手伝うようになった頃
ある日の朝、半日村に朝から日が差すようになりました。

草木も稲も元気になり、半日村は「一日村」と呼ばれるようになりました。

という感じのお話。
小学校の教科書に載っていた頃もあったらしく、それだけあって、一歩一歩
諦めずに頑張れば、かなわない事はないという事を教えてくれる感動な本。

子供たちはこの本を演じる事になってから、昔の人たちの暮らしを勉強したり
自分達なりに意見を出し合い、今年は小道具も全て子供達の手作りでした。

園長が60歳過ぎ位だと思うんですが、子供たちに昔の人の生活や習慣について
話をしたりしてくれたらしく、保育園への往復の時間にともかさんから
「園長は昔の人だから、いろいろ教えてくれたんだよ」と説明してもらい
終いには「ママは昭和生まれ?昭和生まれの人は昔の人なんだよね」と
言われて、かなりの衝撃を受けたりも…そっそうか、私は昔の人か…(爆)

配役は子供達の希望を聞いた上で、担任と園長たちが話し合って決めた
とのこと。
本を読むのが大好きなともかさんは、
「ナレーターが良いって言ったんだけど、4人しかなれないところに
 5人なりたいって人がいるの。みんな譲れないんだって。
 だから、園長たちが決めて発表するって」
と言っていて、配役発表の日までドキドキ。

無事、4人枠に入れ(洩れてしまった1人の子には、1人しかいない役に
抜擢して納得してもらった様子)大喜び。

「譲ってもらえて、ともかはナレーターになれた!
 ナレーターになれて嬉しい(^^)
 ともかは、4番目だった。だから、最後の大事な言葉も、ともかが
 言うんだよ!」
と張り切っていました。

シナリオを4等分して、ナレーターは暗記をして当日は本は見ないという。
子供ならではの暗記力に脱帽ですよ。
大人には無理だわ。。

「大きな声で、はっきりと話すんだよ」
とだけ、アドバイスをしたきり、当日のお楽しみと言われて、家では
一度も練習をせず、様子を見せてくれなかったともかさん。
先生とのノートのやり取りに書かれてくる事だけが唯一の情報。

「大きな声でハキハキとナレーターをしてくれています。
 後は、タイミングの問題だけですが、練習を繰り返すことで
 徐々に自分なりのタイミングをつかんでいる朋ちゃんです」

と言うことだったので、きっと頑張ってくれるでしょう。

本が大好きであっという間に字が読めるようになったともかさん。
合同保育の時間帯にお迎えに行くと、小さい子供達を相手に読み聞かせを
していて、先生にも「今、朋香先生にお願いしてました」と言われる位
上手に読めるようになっていたともかさん。
ママも、朋ちゃん以上にナレーターに向いている子はいないと思うわ。

数年前のお楽しみ会で、年長さんがやはり2人の女の子がナレーターを
担当していて、本をスラスラと読んでいる姿を見て、あんな風になって
くれたら良いなと密かに思っていた、母の期待にしっかり応えてくれました。

明日は頑張ってね!
posted by もえ at 23:45| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 育児生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月04日

父の入院


ここ2ヶ月程で父が2回入院しました。

1回目はともかさんの運動会の前々日に、自宅の玄関で大転びをし
土間の角に頬を強く打ち付けたようで、次の日は終日寝ていて・・・
何とかともかさんの運動会には来たものの、終わったら直ぐに
体調悪いから先に帰ると・・・

大丈夫かなと思っていたら、日曜日に母から電話がきて
「お父さんが朝5時過ぎにどうしても頭が痛くて我慢できないって
 いうから、かかりつけの大学病院に車で来たの。
 そしたら、頭の中で出血しているらしくて、即入院になっちゃって。
 悪いんだけど、車を取りに来てくれないかしら。」
とのこと。(母、免許ナシ)
頭の中で出血?!それは大変な事になったと、急いで病院へ。

先生の説明によると、心筋梗塞をしているので、血をサラサラにする
薬を飲んでいるから、どこかにぶつけたりすると出血をしやすく、更に
止まりにくい。今回は頬をぶつけた事で頭の中の出血になってしまった。
血が止まるように点滴をしているので、様子を見てこのまま止まれば
頭痛も治まるし、入院も2週間くらいになるだろう。
止まらない場合は、頭に穴を開けて血を抜く手術をします。
と言うこと。

結果、2〜3日はずっと頭が痛く、食べたものを戻してしまうという
状況が続きましたが、幸い血の量は増える事なく手術は回避でき
予定よりは延びたものの、20日間の入院で退院できました。

ホッとしたのもつかの間、それから10日も経たない日曜日の夜。
母から「お父さん、右手に力が入らないらしいのよ。握手をして
手を握ってみてと言っても全然なの」という。
これはやはり病院に行った方が良いんじゃないかと思い、まずは
病院に電話をして今から行っていいか確認をしてもらう。
直ぐにまた電話があり、「病院から直ぐに来て下さい」って言われたと。
タイミング悪く、夕方から寝てしまっていたともかさんが起きたばかりで
機嫌が悪く、連れてもいけないし、置いてもいけないなぁと思っていたら
旦那が行ってくれるという事で、旦那の運転で両親を乗せて病院へ。

家で待つこと3時間。
旦那から電話があり、「また頭の中で出血していて、その血の量で
脳みそとかが押されて圧迫し、左から出血してるから右側に症状が
出たんだって。これから手術になったから」との事。
もう23時近く。。旦那も明日は仕事なので私が行けば良かったなーと
後悔していたら、母から連絡が来て、「弟がこれから来てくれるから
とりあえず、○○さん(旦那)にはこれから帰ってもらうね」と。

何かあったら連絡してと言っておいたものの、次に連絡があったのは
月曜日の朝5時。
手術自体は1時間位で終わり、部分麻酔だったので、戻ってきた父は
直ぐに右手の力が戻ってきて、もう自由に動かせるようになっていたと。
弟に送ってもらってさっき帰ってきたけど、午後から先生が詳しく
説明をしてくれるらしいから、また午後から病院に行くという事だった。

母が1人では大変だろうと思い、私も午後から半休を取って病院に
付き添う事に。
手術をしてくれた先生はとても親切にMRIの画像を見ながら説明を
してくれて。本当に手術前の父の頭は、中に写るものが普通は
左右対象にでるはずが、完全に右下に追いやられているのがわかり。
血は350cc入る血液を入れる袋に3袋分取れたらしい。

再発の可能性は10人に1人だそうで。。。
父は血をサラサラにする薬を飲んでいるので、母も私も再発を覚悟。
1週間、脳外科で術後の様子を見て、心筋梗塞の薬を再開して
問題なければ退院出来るとの事。

頭の骨に穴を開けて管を通して3日間くらい血を抜いていましたが
その間も術後3日目の朝からは自分で歩行が可能になり、管を抜いた
後に縫ったところも、1週間で抜糸。
いやいや。医学のすごさを痛感した次第です。

その後の経過も順調で、明日には退院出来る事になりました。

週末には目に入れても痛くないほど可愛くて仕方がない様子の
孫のお楽しみ会。
退院が間に合ってよかった。
疲れないように、ともかさんのクラスの劇だけ観に来てもらおうと
画策中。

先生からも、絶対に転ばないように。
どこかをぶつけたり、何か様子がおかしかったら直ぐに病院に
来ること。と言われているので、母と一緒に注意していかなくては。

片道1時間以上かかる病院に、毎日通っていた母は本当にスゴイ。
そして、毎日来いと言う父に改めて、1人で残されたらどうするだよと
若干の不安を覚えつつ、あわただしい2ヶ月でした。。。

しかし、この2ヶ月、計40日位の入院の間に、一度も見舞いに来ない
義妹はどうなんだと、思うのは小姑の勝手な思いでしょうか。
弟夫婦の家は、車なら病院へ30分位で行ける所にある。
どうも納得がいかない・・・
嫁の立場で考えたら、私だったら何度も見舞いに行っているだろうし
専業主婦で子供もいないんだから、毎日病院に行く義母に、手伝える事が
あれば位の一言があっても良いのでは?
メールさえ来なかったと母は言っていて「別に何をしてもらいたい訳じゃ
ないし良いんだけど、具合どうですか位あってもねえ」と。
母は義妹にはすっかり諦めモードのようだ。。
posted by もえ at 23:45| 神奈川 | Comment(3) | TrackBack(0) | 旦那さま(家族) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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